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15年前の阪神淡路大震災~その時阪神電車に乗っていました :: 2010/01/17(Sun)

神戸淡路大震災から、15年。
昨日の、神戸新聞社のドラマも、涙ながらに見ました。


15年前のあの激震のとき、
私は、スキー旅行の帰りで、スキーバスを三宮で降り、みんなと別れ、
三宮から姫路へ、阪神電車にのったところでした。
その時の切符、今でも捨てられず、おいています。
切符

発車してまもなく、次の駅に着く前に地下で列車が激しく壁に激突。
椅子から滑り落ち、上からは、割れた蛍光灯がバラバラと落ちてきました。
置いていたスノーボードは、シューと床をすべって行きました。
始めは、運転ミスかと思っていましたが、それにしては衝撃が大きすぎるような感じでした。
乗務員さんの案内に従い、乗務員さんの懐中電灯の明かりを頼りに線路の上を、次の元町駅まで歩きました。
元町駅につくと、ひとまず家に連絡。列車事故に合って、会社に遅れそうだと・・・
(新入社員の私は、そのまま、出勤するつもりでした)
歩いて5分程の神戸駅まで行けば、阪急電車も、JRもあるので、
どれかに乗れるだろうと思っていたのですが、
途中、自販機は、倒れているし、ガス臭く、ガス警報機はあちこちで鳴っているし
これは一体どうしたんだと・・・
駅に行っても、どれもとまったまま。
タクシーも、バスにも人がいっぱい。
それならば、車を拾おうと、ヒッチハイクを決意。
しばらく、大きな道沿いに歩いていると、トラックが5台ほど停まっていました。
スノーボードも乗せてもらいたいので「これしかない」と・・・
幸い、一台の運転手の方が、乗せてくれることに
他のトラックにも、同じようにいろんな方が乗せてもらっていました。

途中、火の手が回ってきた所も通りました。
窓ガラス越しにも、熱さが伝わってきました。
ガソリンスタンドの近くを通るときは、今、引火したら、と気が気でなかったです。
担架で運ばれて行く人も見かけました。
中には、息をひきっとたと思われる布をかけられた担架も・・・
目の前で、起こっていることが、現実のことのように思えなかったです。
頭で理解できる範囲を超えていたのか、まるで映画を見ているような、不思議な気持ちでした。

ラッキーなことに、乗せてもらったのが、トラックだったので、
通れない道の連絡が、無線から次々へと入ってきました。
かなり北周りで、西に帰ることに。
電線が倒れていて、通れない道もあったり、かなり渋滞していたりしましたが、
運送会社のある加古川までなんとか送っていただきました。
加古川までは、両親に車で迎えに来てもらっていました。姫路までは、あと一息。

でも、神戸(板宿)には、下宿している弟が・・・

弟は、2階建てのアパートの2階に下宿していました。
そして、そのアパートは、一階部分が倒壊しました。
たまたま寝ていた方向がよく、倒れてきた茶箪笥が足元だったので、たいした怪我はなかったようです。
反対向きに寝ていたら、ガラスで目をやられていたか、頭をはさまれていたか・・・
そのアパートの一階に住んでいたおばあさんは、たんすに足を挟まれていたので、弟は必死で引き出し、
靴が見あたらなかったから、靴下を2枚履きし、背負って体育館まで運んだそうです。
その間に、火の手が回り、全て燃えてしまったのですが、命が無事でよかった。

そして、加古川からは、私の運転で、今、私が来た道をもどって、
避難所の体育館にいる弟を迎えに行くことに・・・
きっと、このままだとしばらく、帰れないし、どうしようもないよと・・・(私)

なんとか避難所につき、私は、車で待っていましたが、
両親が迎えに行った体育館に、弟は所在無げにいたそうです。

帰りは、停電で街灯もついていない道や、電柱が倒れ、電線がたれている道があたっり
渋滞に巻き込まれたりしましたが、弟も一緒になんとか家まで帰り着くことができました。

お風呂が、ありがたかったです。

まだ、家は、そんなに被害がなかったので、家に帰ると、いつもとあまり変わらない生活ができましたが、
家がなくなった方、家族をなくされた方など、本当につらい思いをされた方は、たくさんいたんだとおもいます。

思い出したくないような、忘れてはいけないような、
もっと何かできたんではないか・・・といろんな思いがよぎります。









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comment

No title

もう15年経つんですね。
早いようなすぐのような。。

名古屋でも震度3の揺れで、びっくりして飛び起きたのを覚えています。
震災の1ヶ月後くらいに名古屋の親戚のお家へ一時転居した女の子がいて、
彼女ととっても仲良くなったんです。
彼女のお家は半壊で、でも家族は全員無事で・・・
揺れがひどい地域に住んでいたと思うのできっと色んな風景を見たり聞いたりしたと思うのですが
子供ながらにあまり地震のことは聞けなくて、毎日たわいのない事を話して楽しく遊んでいました。

一緒に過ごしたのは1ヶ月だけ、
彼女はどうしても卒業は神戸の学校でしたいと言って、(当然ですよね)
卒業式の前に涙のお別れ。(この時小学校6年生でした)

その後も文通したりメールしたり何年かおきには会ったりして
今でも大切な友達の1人です。
お互いに結婚して、彼女は今年の春にママになるので
15年経った1/17は彼女にとっては
特別な思いがあったのかもしれません。

この地域でもいつ東海地震が起きるかわからないし
地震の備えはきちんとしておかなければいけませんね。。
改めて色んなこと思いました。
  1. 2010/01/18(Mon) 15:16:51 |
  2. URL |
  3. jasmine #Br2lFVmE
  4. [ 編集 ]

jasmine

そんな、ことがあったんですね・・・
お友達の家族、全員無事でなによりでしたね。そして、春には、母になられるんだ。彼女の命あってこその、新しい命の誕生。嬉しいですね。

それにしても、当時、小学生だったなんて、やっぱり若いっ。
仲良くしてもらって、ありがとう☆


  1. 2010/01/18(Mon) 17:15:11 |
  2. URL |
  3. ecrue #-
  4. [ 編集 ]

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